お客様と出張シェフをつなぐプラットフォーム「PRIME CHEF」。
多くの方に、大切な人と自宅で楽しむ「特別な食体験」を届けたい。
森トラストはコーポレートスローガンとして「Create the Future」を掲げ、新たな領域にも積極的にチャレンジしている。その中でもひときわ異色の新規事業がこの「PRIME CHEF」だ。今回、登場する工藤卓也は、投資事業部で同事業の買収に関わり、事業推進部では自ら「PRIME CHEF」事業を運営する立場に。未知の領域に踏み込んだ心境を「やりがいと面白さ、それ以上に難しさや怖さも知り、試行錯誤の日々です」と語る。
―ちょっと想像してみてほしい。一流のシェフが自宅に出向いて腕をふるってくれた上に、料理のサーブや後片付けまですべてやってくれるとしたら? 家族の誕生日や結婚記念日、大切な人を招いてのホームパーティーが、サプライズ感満載の「特別な時間」に変わり、迎える側も心ゆくまで食事やおしゃべりを楽しむことができる。森トラストは、そうした新たな食体験を提供するプラットフォームビジネス「PRIME CHEF」を展開している。なぜ、不動産ディベロッパーが「PRIME CHEF」事業に着手したのか。そして、事業を運営する工藤卓也とはどんな人物なのか。
2020年末、「PRIME CHEF」事業を立ち上げて運営していた企業から事業譲渡のお話があり、投資事業部でこの案件を担当しました。
当時、「出張シェフ」というサービスがあることも知らず、かなり懐疑的だったのですが、いろいろ調べるうちに、美味しいものを食べたいけれどコロナ禍で外食ができないとか、小さなお子さんや高齢のご家族がいるご家庭にとってとても魅力的なサービスだなと思いました。シェフにとっても働き方の選択肢が広がり、独立開業のハードルが下がるなど、社会的にも、新しいライフスタイルを提供する意味でも、意義のある事業であることがわかりました。加えてプラットフォームビジネスの市場規模は拡大しており、ポートフォリオに加える価値はあります。
会社としても、不動産ディベロッパーという立ち位置に拘らず、ベンチャー企業や新規領域の事業に積極的に投資してきました。ただ、難しいのは、エンドユーザーとサービスの提供者(出張シェフ)をWEB上でマッチングさせるプラットフォームビジネスは、当社のメイン事業である不動産アセットビジネスとはビジネスモデルが大きく異なり、社内にノウハウが蓄積されていないことです。しかも、事業のみを切り分けて譲り受ける形ですから、ゼロから社内の体制や運営の仕組みをつくらなくてはなりません。そうしたことから社内調整や相手先との条件交渉などに半年以上かかりました。
―2021年8月、森トラストは「PRIME CHEF」の事業譲受を発表。事業の核となるシステムや出張シェフとの契約を引き継ぎながら、新規事業を推進する事業推進部が運営することになった。無事、契約をクロージングさせてほっとしていた工藤に思いがけない指令が下りた。
事業推進部に異動し、PRIME CHEF事業を運営することになったのです。まさに青天の霹靂(笑)。経験したことのない分野ですし、これまでは体制づくりに精一杯で、具体的な事業戦略までは考えていなかった。まさにゼロからのスタートです。
しかし、いろいろな部署の方が力を貸してくれました。集客やマーケティング戦略は広報・マーケティング部が、システムまわりはデジタルデザイン室が、経理まわりは事業管理部が、それぞれ協力してくれましたし、そのほかの部署にもいろいろな場面で助けてもらっています。未だに手探りの日々ですが、少しずつでも前に進めたのは、各部署の協力と密接な連携があったおかげです。
―協力したメンバー曰く、「工藤さんに頼まれたら、嫌とは言えないよね」。これも人徳。30代前半ながら、すでに人間的に成熟したような穏やかさと周囲を惹きつける魅力がある。こうした人格はどんなことで育まれたのだろうか。その背景を探ってみたい。
中学高校時代は剣道部でした。大学では違うことがしたい、チームスポーツでみんな一斉にスタートを切れるものがいいなと思い、クリケットのサークルに入部。このサークルは一般的な大学の部活と違い、社会人も外国人も一緒に活動しています。
日本のクリケット競技人口は日本人より外国人の方が多いんです。欧米系だけでなく、インドやパキスタンなど元英国領の方もいて、ダイバーシティそのもの。剣道が「和の文化」だったので、大学ではさまざまな文化に触れてみたい、いろいろな国の人と知り合いたいという気持ちもありました。もう一つの動機は「マイナーなスポーツだから日本一になれるかも!」(笑)。
―実際に大学時代は3年連続日本一に輝いた。選手としてだけでなく、クリケットリーグの運営組織に加わり、社会人になってからも数年間、社会人クリケットリーグの運営に携わった。
リーグの運営は基本的にボランティア。各クラブから人を出して運営しています。外国人が多いのでメールも基本は英語。考え方も価値観も違う上に自己主張が強い人が多いので、運営組織にもクレームの嵐(笑)。最初は戸惑いましたが、「言われたことに真摯に対応する」、「言いにくいことも誤魔化さず、きちんと説明する」という姿勢を貫いていたら、だんだんわかってもらえるようになりました。考えや価値観が違っても、こちらの軸がぶれなければわかってもらえる。この経験で様々な立場の人たちの主張や意見に対応するスキルとマインドが身につきました(笑)。
また、小さい組織ですから、やらなければならない範囲が非常に広い反面、動かしやすい面もあります。ダイバーシティに富んだ組織のなかでどうすればスムーズに話が進むか、その辺の呼吸や目線も学べたように思います。選手より運営の経験が財産になっている。こういうことって後からわかるものですね。
―この体験は「PRIME CHEF」の運営に活かされている。エンドユーザーと料理人という、異なる価値観、異なる立場の人々をどううまく結び付けるか。ご意見やご要望にどう対処するか。社内の各部署や運営チームをどうまとめていくか。どれも容易なことではないと思うが、工藤はどこまでもポジティブだ。
BtoC事業の面白さはエンドユーザーの反応が直接返ってくること。厳しい評価には落ち込みつつも改善しなければ思いますし、お褒めの言葉をいただけば、やっぱりすごく嬉しい。日々の多様なご意見の裏側に事業を伸ばすヒントがあると思っています。
また、運営チームのメンバーだけでなく、他部署の皆さんとワイワイやりながら何かをつくりあげていく喜びがあります。システムの改修一つとっても、お客様に一番使いやすい形は何か、議論しながらつくり上げていく。そういう地道な過程がとても好きだし、楽しい。クリケットもそうですが、仕事も一人でできることは限られている。でも、気持ちや熱量を共有できる仲間とならば、何倍ものパワーを出せます。
―その一方、「事業としてはまだまだ道半ば。未だ正解はわからない。試行錯誤の連続です」とも語る。コロナ後、外食ができるようになり、こうした需要がしぼむかと思われたが、売り上げは伸びている。これまでの利用者数は延べ約46000人。利用者アンケート調査によれば、満足度は90%以上だった。
売り上げが伸びた要因の一つは、コロナ禍でこうしたサービスを知って利用されたお客様がリピートしてくださっていることです。「コロナも明けたし、今度はもう少し大人数でパーティーを開きたい」と申し込まれるケースも多く、1回当たりの利用人数が増えて売り上げを押し上げました。
もちろん、私自身も何度も利用していますし、当社の社員も家族のお祝い事などに利用しています。専用サイトで好きなシェフを選び、希望する日時と料理の内容や予算を入力します。マッチング後は、チャットなどでシェフと打ち合わせができるし、料理の提供から片付けまでやってもらえますから、企画者の皆様には大好評。リピート率が高いこともうなずけます。
一方、シェフを自宅に呼ぶことに対して「ハードルが高い」と感じている方はまだまだたくさんいらっしゃる。心理的なハードルをどう下げるかが今後の課題の一つです。
もう一つ、コロナ後も売り上げが伸びた要因は、法人需要の増加です。当社でも各部署がこのサービスを利用して社内のイベントスペースで会食や懇親会をしています。オフィスが「交流の場」としてクローズアップされていますし、機密保持という面でもメリットがあります。法人需要は今後も伸びるのではないかと思います。
出張シェフの市場は拡大していますが、競合も増えています。差別化には「資金」、「人材」、「ノウハウ」が欠かせません。当社には強固な財務体制と多くのテナントさんとのつながりがあります。こうした強みをどう活かして差別化を図るかも課題です。
―仕事をする上で、工藤が常に意識しているのは「虫の目」、「鳥の目」、「魚の目」を持つことだ。
この事業ではお客様目線の「虫の目」が一番大事ですが、経営的に事業全体を俯瞰して判断する「鳥の目」や、世の中の潮流を読みながら、中長期的な目標を達成していく「魚の目」も必要です。幸いにも、入社後、短い期間ではありますが、営業本部業務管理部で営業現場を裏方として見ることができ、次に配属された広報部では5年間にわたって会社を俯瞰して見る経験を積むことができました。そして投資事業部では経営的な目線と時代を読む機会を与えてもらいました。
その後、投資した事業を自ら運営することになったのは正直言って想定外でしたが、こんな経験は滅多にありません。悪戦苦闘しながら手探りで獲得した経験を活かしてこれからも新たな事業を生み出していきたいし、社内からも「PRIME CHEFがあったから、他の新規事業にもこのノウハウや経験を役立てることができた」という声が少しずつ出てきています。事業領域を問わず、会社や社会に役立つ事業を興し、育てていきたいと思っています。
―どこまでも真面目である。仕事も趣味でも未知な分野に躊躇いなく飛び込んでいくタイプに見えるが、自己分析は違う。このギャップこそ「工藤らしさ」かもしれない。
私は本来、保守的なんです。一つのものにとことんハマっている方が本当は心地いい。だからこそ、「新しい世界を知らなきゃいけない」と思って意識的に広くアンテナを張っている。旅行とか、街巡り、店巡りも、純粋な趣味というより、居心地のいい世界に安住しないよう、自分で自分の尻を叩いている感じです(笑)。
–Profile–
工藤卓也(くどう・たくや)
東京生まれ。中学高校時代は剣道部、大学時代はクリケットに熱中し、選手だけでなくクリケットリーグの運営にも参加。2013年森トラストに入社。営業本部、広報部、投資事業部を経て、事業推進部で複数の新規事業の運営に携わる。仕事も趣味も「知らない世界を知りたい」「自分の殻を破りたい」というモチベーションに突き動かされ、幅広いジャンルに挑戦中。